スラングで、黒人は「Sing」と「Sang」を使い分ける。
「歌う」の意味の「Sing」。
「Sang」はSingの過去形ではない。
Sangには、単に「歌が上手い」というのよりも、もっと「魂の入った」「コブシを効かした」(これは演歌の表現になってしまうか。。)みたいな意味がある。
スラングなので辞書にもない言葉であり、説明するのは難しい。
「Sanger」とは、歌い手に対する、最高の賛辞でもある。
例えば「マドンナはどう思うか?」と聞くと、黒人たちは「彼女はSingerですらでない」と言う。
黒人たちの評価を得るのは、大スーパースターにとっても大きなハードルだ。なんせ黒人は、耳が肥えているのである。。
生まれたときから「慣れ親しんだ」「レベルの高い」環境というのは、超えた目や超えた耳の土台を作る。イタリア人のそれが「サッカー」であるように、黒人のそれは「歌」なのだ。
ただマドンナに関しては、黒人男性も女性も「偉大なパフォーマー」として評価している人が多い。よきパフォーマーというのは、歌が上手いだけが全てではない。彼女の観衆の魅せ方は、例え「Singer」ですらなくとも、エンターテーナーとしてトップレベルだ、と彼らは評する。
さまざまな黒人の友人たちに、彼らにとっての「Singer」と「Sanger」を聞いてみた。
あくまでもこれは、個々人の意見である。そもそも耳から聞こえる歌なんて、個人の感性に委ねられるものだ。
日本人にとって「上手い」と評されているシンガーたちも、「単なる」Singerで、決してSangerでなかったりするのも面白い。
(男性「Singer」)
Nat "King" Cole、Luther Vandross、Jackie Wilson、Bob Marley、Usher、R. Kelly、Curtis Mayfield、Prince、Maxwell、Phillip Bailey、Sam Cooke、Aaron Neville
(女性「Singer」)
Billie Holiday、Whitney Houston、Mary J. Blige、Anita Baker、Lauryn Hill、Alicia Keys
次に、黒人たちから「Sanger」の評価をもらった人たち。
(男性「Sanger」)
Anthony Hamilton、Otis Redding、David Ruffin、Al Green、Marvin Gaye、Wilson Pickett、Aaron Neville、Eddie Kendricks、David Ruffin、Ronald Isley、Donnie Hathaway、Phillip Bailey
(女性「Sanger」)
Aretha Franklin、Lauryn Hill、Mahlia Jackson、Sarah Vaughn、Gladys Knight、Mavis Staples、Chaka Khan、Jennifer Hudson、Sharon Jones
あくまでも個人の意見なので、同じ歌手が「Singer」と「Sanger」に分かれていることもある。「いやー、彼(女)は単なるSingerだよ」「いや、Sangerだと思うね」なんて言い合う事もある。彼らは音楽に関しては永遠に話せるのだ。
アメリカで音痴な黒人を探すのは、実に簡単である。
黒人たちに「日本人の多くはどうも、黒人は皆歌が上手いと思っている」と言ったら、笑われた。「そこら辺に下手なヤツは、山ほど居るのにね」と。
しかし歌の下手な黒人も、耳は肥えている。音楽を分からない黒人を探すのは、実に大変なのだ。スポーツに興味の無い黒人は結構私の周りにも居るのだが、音楽に関心が無い人は皆無である。音痴な黒人も、歌の下手なシンガーをこき下ろす。自分のことは棚に上げて。
そういう私も自分では歌えないくせに、黒人社会と接するようになってから急激に耳だけは肥えてしまった。自ら別に求めなくとも、周囲に「いい音楽」「いい声」がいっぱいあるのだ。
「肥えてしまった」と気づいたのは、一昨年6年ぶりに日本に帰国した時。
クリスマスの季節だったので、至る所でグループがクリスマスソングを歌っているのに出くわした。
うわ。。。あまりに下手すぎる。。。音がはずれっぱなしではないか。聞くに耐えられない。英語の発音云々なんて言わない。音程や声の問題である。あまりにひどくて、こちらが恥ずかしくなってきた。
これは、日本にずっと居る時は気にならなかった事。下手な歌手でも、耳に入る程度なら平気だったのだ。別にのけぞる程下手さに驚いたりしなかった。その低レベルに慣れていたのだろう。
アメリカでは、なにげに道を歩きながら歌っている黒人や、学校帰りに4~5人でハーモニアスに合唱しながら歩いている女子高生たちでさえ、レベルが高いのである。
先ほど例を挙げた、SingerとSangerたちは全員黒人アーティストである。
黒人歌手の方が歌が上手いとか、多いとか。。それはもう仕方の無い事実である。だが白人たちにももちろん、素晴らしい歌手は沢山居る。
そういう白人歌手たちを、「耳の大いに肥えた」黒人リスナーたちはどう感じているのか?
果たして、白人歌手の中には、単なるSingerではなくて、れっきとしたSangerが居るのであろうか?
黒人が認める「白人Sanger」を聞いて回ったら、以下のような回答が返って来た。
(白人男性Sanger)
Michael McDonald、George Michael、Tom Jones 、Van Morrison、Daryl Hall、Joe Crocker、Remy Shand、Chris Cornel、Steve Winwood、Todd Rundgren、Bono、Mick Jagger、Robbie Nevill、Robin Thicke、Doctor John、Robert Plant
(白人女性Sanger)
Joss Stone、Tina Marie 、Mariah Carey、Annie Lennox、Janis Joplin、Barbara Streisand、Anastacia
この中で、マイケル・マクドナルド、ジョージ・マイケル、ジョシュ・ストーンは複数の人が回答している。
ジョージ・マイケルに関しては、「白人だと思っていない」などとジョークを言う黒人も多い。「黒人並みだ」という賛辞である。
ミック・ジャガーやジャニス・ジョプリンなど、歌の上手さや声質だけでは劣っていても、パッションがある人、魂から歌を歌う人の事は「Sanger」と高く評価するようである。
「マイケル・ジャクソンがどこにも入ってないじゃないか?」と思う人も多いと思うので付け加えておくが、「マイケルはあまりに当然すぎるから必要ないでしょ」と言う人が多かった。「誰が見ても、当然Sangerでしょ」ということである。
ところで私は、マライア・キャリーは黒人歌手だという認識で見ていたのだが(ルックスもそうだけど、歌い方とか)、「彼女は白人」と言う黒人が多いのでビックリした。
母親が白人で、父親が黒人。。。という境遇はアリーシャ・キーズも同じ。
二人の違いは、アリーシャは「私はブラック」と公言していること。マライアは、「自分は混血」という言い方をして、「ブラック」とは一度も公言していないことが理由らしい。
血の出方は人それぞれ。
混ざっている血の濃さに関係なく、白人のように見える黒人も居れば、ミックスでも黒人にしか見えない人も居る。
要は自分が何人かというアイデンティティーに託される。そう思って生きていればそれらしくなるわけだし。
どう見ても見かけは白人なのに、「オレはブラック」と公言している人は、やはり黒人なわけで、マライアのように「混血」としか言わない人は、やはり黒人としてのアイデンティティは薄いのであろう。
ジェロという黒人演歌歌手が、日本で活躍していると日本人から教えてもらった。アメリカでは全然知られていない。演歌の市場は無いので、当然であるが。
ジェロの歌をYouTubeで夫に見せたら。。。。かなりウケた。夫はそれをさらに、色んな黒人の友人の所に送った。さらにウケた。「ウッソでしょー?」という人が多かった。
自分たちと同じ黒人が、遠い異国の地で、日本語で、聞いた事も無い歌のジャンルを歌っているわけだ。しかも格好はヒップホップ系。そりゃ「ウッソ」みたいでしょう。
「歌は悪くない(下手ではない)んじゃない?」と言う黒人が多いが、彼らが認める「Singer」レベルからはほど遠い。 Singerだったらわざわざ日本に行かずに、アメリカでデビューしているか。
外国に出て活躍する事も少ないアメリカ黒人なのであるから、ジェロのような存在はかなり異質である。「変わったヤツが居るんだね。。。」と、結構「同胞」の異国での活躍には心の中で拍手する人が多いようだ。。。彼のCDを買って、演歌を聴くようになる事は決して無いと思うけれど。
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