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シカゴからダイレクトにお届けする、知られざる黒人文化あれこれ。

Category: 知られざるブラックカルチャー
天然記念物
アメリカ人の男性は、日本人男性に比べると、アカデミー賞授賞式というものにほとんど関心が無い。その中でも特に黒人男性は、拒絶するように観ない。「あれは女性の観るもんだ」というアメリカ人が多いが、黒人は女性もほとんど興味が無い。
アメリカ中だけでなく、世界中が楽しみにしているこの映画の祭典。映画好きの黒人は沢山居るが、授賞式には関心がない。オスカーナイトは家族揃ってテレビの前で鑑賞。。。なんて光景は、白人家庭の光景ではあっても、黒人家庭では決して起こりうるシーンではない。

黒人男性に言わせると、「黒人男性でアカデミー賞を観るのは、ゲイだけである」。。。らしい。ゲイの黒人の友人は何人も居るが、確かに、彼らは授賞式について熱く語る。

うちの夫は、私と結婚してから、アカデミー賞授賞式を楽しみにして観るようになってしまった。近年は、頼まなくても、録画予約もしてくれる。そして始まると、一緒にソファで観る。一緒に受賞作品を予想したり、「この映画はまだ観てないね、良さそうだね」と言ったりしながら。女優のドレスを批評したり。。。実はそういうことが、「とてもゲイ的」なのらしい。。。黒人男性からすると(笑)

夫は元々、大の映画好きなのだから、この授賞式だって楽しいはずなのに、何故観なかったのか。。。ただ単に、「観る習慣が無かった」からなのである。ハイスクール時代はボーディングスクール(寄宿学校)だったので、部屋にテレビなんかがある環境ではなかった。勉強三昧の日々である。カレッジ時代は黒人のルームメイト、社会人になってからは従兄弟と家をシェアしていたので、生活の中にアカデミー賞なんてイベントは皆無であった。

黒人が授賞式を観ない習慣は、長年の間映画界は、完全な白人社会であったからであろう。白人以外のマイノリティー役者は、活躍しても賞を受賞出来ない冷遇システムが出来上がっていた。そんな白人だけのお祭りを、黒人が面白く思うはずもない。黒人俳優は長期にわたり、かなり映画界において貢献してきたのである。近年は改められて、黒人俳優たちの受賞も珍しくなくなったが、それでも植え付けられた「アカデミーは白人の物」という印象は、根強く残っているのである。

近年は、黒人女性では観る人が増えて来た。なぜならば、黒人女性はキラキラしたドレスが好きだから。黒人女優の進出が目立って来ているのも一因であろう。女優の髪型とかドレスとか、食い入るように見る。そして翌日、「ハル・ベリーと同じ髪型にして」なんて美容院に飛び込むのだ。

黒人男性はアカデミー賞は観ないが、グラミー賞は大抵見逃さない。
オスカーの後1週間は、白人女性たちがその話題をするのと同じように、グラミーの後1週間は黒人男性たちはその話題をする。誰のパフォーマンスがよかったか、誰の受賞は納得出来ない。。。。云々。

それから好んで観るのは、MTV Video Music Awards (VMA)と、BET Awards。
BETとはBlack Entertainment Televisionの略で、アメリカの黒人を対象にしたケーブルチャンネルで、いわゆる黒人娯楽専用番組。このチャンネルには、ほとんど黒人しか出てこない。
報道番組から映画、ドラマ、スタンダップコメディ、ヒップホップやR&Bの音楽番組にいたるまで、文字通りブラックなチャンネルである。
このVMAとBETを絶対にチェックするあたりは、白人にはない黒人的な行動である。「黒人らしくない」と言われるうちの夫でも、しっかり観る。音楽に関するからだ。その点はしっかりと、ブラックである。

実はBETは私の方が観たりする。
70年代の番組とか、日本では絶対に紹介されなかったような黒人番組も再放送でやっていて、黒人エンターテイメント史が学べる。今やハンサム俳優となった人たちにも、どんくさかった時代がある(笑) ハリウッドに進出する前の、歯並び矯正前の番組とか、黒人スターというのもいかにもハリウッド好みの顔に変身させられていくのだなあ。。。と思ったりする。
そういう意味でも、BETの再放送を観るのは面白い。いかに日本に輸出されていたアメリカのドラマや、アメリカのスターたちが、白人だけに限られていたかという事も知る事が出来る。

もう一つ、白人男性は好んでするのに、黒人男性は嫌う、顕著な事がある。
それは、植物園だとか、★★ガーデンだとか、いわゆる花や植物を観に行く行為。何が楽しいのだか、分からないらしい。「黒人男性はそんな所、絶対に行かないんだよ」と言われる。そして実際、そういう所に行っても、黒人男性に会う事はすごく稀である。

植物を見たり、花ガーデンで夫婦で歩いていたりするのは、白人家族か、アジア系だと圧倒的にインド人家族である。どんなに人の多い時でも、黒人家族に会う時はほとんどない。ごくたまに、黒人の母娘が歩いていたりするが、父と息子の姿は無い。先日も、黒人の女性と娘3人が歩いていて「珍しいな」と思ったら、お父さんは白人だった。白人のお父さんだと、やはり黒人ファミリーも来るのである。本当は、黒人女性はこういう所に来たいのかもしれないが、ボーイフレンドや夫が嫌がるから来ないだけなのかもしれない。

黒人男性が来ないのは、大きく2つの理由があると思う。
まず、白人の男性は、子供の頃から学校や家族で植物園に行ったりして学ぶ機会がある。遠足でも行く。
黒人の子供は、そういう事をしないで育つ。黒人居住区の公立学校は予算が無いので、そのようなエクスカージョンが組み込まれない。例え遠足があったとしても、候補地として父兄や教師から「植物園に」「農園に」という案は出ない。彼らは「黒人史博物館」みたいな所は決してはずさないが。

それからもう一つは、単なるテイスト。
根っからの「好み」が、白人と黒人とでは違う。黒人男性は、いくら学校遠足で行ったとしても、大人になった時に趣味には結びつかないのかもしれない。

義父はガーデンいじりが大好きで、しょっちゅう自分の庭に花や植木を植えている。花や土は、近所のガーデンセンターで買って来る。庭いじりは好きなのだが、植物園に行ったりする趣味は全く無い。花を1日見て回ったりとか、球根の種類を夫婦であれこれ見比べるとか、花や家族の写真を撮ったりとか、そういう事には興味が無い。

シカゴの近隣にミシガン州がある。ミシガン州に、毎年大規模なチューリップ祭が開催される、オランダ系移民の街がある。私は楽しみに、チューリップ村のチューリップを観に行く。もちろん夫を連れて。夫は優しいので、「ブラックマンはこんな事しないんだけどなー」と言いつつ、運転して連れて行ってくれる。毎年のように行っているのだが、毎年彼はそこで浮いてしまう。そこで唯一の黒人だから。本当に、見事に居ないのだ。黒人が!

白人ばかりの所に黒人とアジア人(私)2人だけ。。。という状況は我々は慣れているので、気にとめない事が多い(シカゴはアジア人が少ないので)。しかし、ふとチューリップ畑や風車小屋に囲まれたベンチに座っている夫を見ると、風景の中で浮き立っている。

花や紅葉の前には、白人もしくはアジア系、というのが定番のアメリカ。白髪のおじいさんとか、白人は男性でも1人で、花畑のベンチによく座っているのになあ。
花畑と黒人(男性)のコンビネーションは、アメリカでは天然記念物だ。そういう男性が居たら、それはどんなに珍しい薔薇やチューリップの種類よりも貴重である。本人たちも自分たちが天然記念物的存在であることは重々承知して、マイノリティの中のマイノリティの自覚がある。だからそーっと見守ってほしい(笑)。変だ、珍しい、と後ろ指をさされるようになったら、彼らの花畑での小さな居場所は完全に無くなり、トキのように絶滅危惧種になってしまうから。

満開のチューリップ畑を歩いている時、夫の従兄弟のトニーから電話が鳴った。

トニー「今どこに居るの?」
 夫 「Holland」
トニー「え? ヨーロッパの?」
 夫 「いや、ミシガン州のHolland」
トニー「なんでそんな辺鄙な所に!?」
 夫 「チューリップフェスティバルなんだよ」
トニー「。。。。。。」

トニーはしばらく沈黙してから、「君は今日、世界一可哀想な男だよ」と夫に言ったらしい。しかもチューリップフェスティバルの頃はいつも、NBAのプレイオフが開幕して、ほとんどの黒人男性の関心はバスケットボールにあるのだ、チューリップなんかではなくて。。。

日本ではチューリップ畑やコスモス畑、そして桜や紅葉のシーズンにも男性たちがカメラを持ってわんさか訪れる。もちろん男性一人でも三脚持って出向く。
これは黒人男性と対極の文化の例である。お国変われば、男性の行動パターンもこれほど違う。

同様に、リンゴ狩りなどのフルーツピッキングにも黒人は無縁である。
ブルーベリーさえピッキングしない夫に、銀杏拾いを手伝わせる私は、鬼かもしれない。だってシカゴは誰も銀杏を拾わないから(食べられる事を知らないので)、拾い放題なのである。夫は、銀杏を「夏の生ゴミの匂い」とのたまう。その「夏の生ゴミ」を食べる私に、彼は異文化の極地を見るのであろう。

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黒人女性の所有欲
黒人男性と付き合ったり結婚した事のある、アメリカ在住の「黒人でない女性」ならば、絶対に気づく「視線」というものがある。
それは、黒人女性たちからの、冷たい視線。

イギリスやフランスだって黒人が多い社会だが、これはアメリカ特有のものだと思う。
それは、「アメリカの黒人女性」というものが、とても特徴的だから。

アメリカの黒人女性は、「黒人男性は自分たちの男」という意識が強い。自分の恋人や夫でなくても、黒人男性が非黒人女性と一緒に居るのをすごく嫌う。「我々の男が取られた」と、面白くない気分になるのだ。若い女性も年配の女性も。まるで「盗人扱い」の視線で、睨む人も居る。

冷たい視線を浴びるのは、黒人男性と一緒に居る非黒人女性たちだけではない。黒人女性を相手に選ばない黒人男性なんて、「黒人失格」のレッテルさえ黒人女性に貼られる。
こういうジョークがある。。。。黒人以外のガールフレンドと歩いている黒人男性は、道で黒人女性とすれ違う時に、いきなりつないでいる手を離す、とか(笑)
「この白人(アジア人)女性とはなんも関係ないよ」といった風に、他人のふりを始める。映画なんかでは大げさに演出されたりするけれど、ジョークではなくて実生活の中でもこううする黒人男性は多いらしい。
私は、夫に手をふりほどかれた経験は無いけれど、「あ、やばい。向こうからブラックウーマンが歩いて来る!」なんて事は冗談で言ったりする。

黒人俳優のウェスリー・スナイプスは、一時期セックスシンボルとして、黒人女性に大人気であった。
しかし、彼が韓国系女性と付き合っていると知られた時に、黒人女性たちからさんざん叩かれた。数年後にその女性と結婚した時には、長年ファンだった黒人女性たちは一斉に「敵」にまわった。彼の人気は急降格。
それ以来、人気商売の黒人男優やスターたちは、デート相手の人種にまで神経を使うようになった。黒人女性を敵に回すと、怖いのだ。

タイガー・ウッズは黒人男性にとっては英雄であるが、黒人女性はとやかく言う人が多い。
最近離婚したが、彼の白人の元妻が理由である。彼の浮気騒動について「最低」と言う人より、「白人女性と結婚するなんて、黒人男性として最低」という人の方が圧倒的に多い。
こういう黒人女性の言い草を、黒人男性はいつも呆れて聞いている。

オバマ大統領は、ミシェル夫人という黒人女性が配偶者でなかったら、世間の黒人女性サポーターもあんなに熱狂的でなかったであろう。
白人女性の母親を持ち、白人の環境で教育を受け、白人が多い職場で生きて来たオバマが、白人女性と結婚していたら、「白人みたいな黒人」と逆に嫌う黒人女性が多かったはず。白人の環境で育った、ブラックらしからぬ黒人男性だけど、「黒人の妻を選んだ」という事がポイント高いのである。黒人女性たちのプライドを、大いにくすぐった。

アメリカで一番、「異人種間の付き合い」に保守的なのは、この黒人女性たちである。黒人男性は、他人種と自由に付き合い結婚することも多いのに。
何故、黒人女性だけは、自分たちの「人種」の壁を越えようとしないのか?

それは、歴史的、社会的な背景も大きな原因にある。アメリカの歴史の中で、黒人は長い間虐げられて来たが、その中でも女性は二重に差別を受けた。
人種差別に女性差別。人種問題に扉が開いたときでも、女性に対する世間の扉はまだオープンでなかった。

社会的に、信頼もサポートも受けられない、黒人女性たちの鬱憤。
異人種を信用しない、好意的に受け入れない傾向は、そういう歴史に原因がある。彼女たちが頼れるのは黒人男性のみ、と固く信じている。異人種は自分たちを守ってくれない。そんな気持ちが異常に強いので、「自分たちの男」を異人種の女性に取られるのは我慢ならないのである。

黒人男性にとって、異人種のガールフレンドや婚約者を初めて家族に紹介する時は、最初の関門である。男性陣は歓迎してくれるが、怖いのは自分の母親を始め姉妹、伯母や従姉妹たちの反応。いい顔をするはずがないのである。時代は21世紀なんだし、表向き「笑顔」を見せても、心の中では「息子には黒人女性と付き合ってほしい」という本音は必ずある。

高校生の頃から、あらゆる人種のガールフレンドを家族に紹介してきたという夫。大学生の時、かなり性格に問題のある黒人女性とデートしていたらしい。しかし、お母さんはすごく彼女のことが気に入り、「結婚しなさい!」と大いに勧めた。
なんのことはない。 理由は「彼女が黒人だった」からである。その前に連れて来た女性が白人だったので、お母さんは気をもんでいただけなのだ。
どんなに性格が良くて美人でも、白人やラティーノやアジア系だとお母さんは冷たい。一方どんなにクレイジーでインテリとは言えなくても、黒人女性だとお母さんは嬉しそうな顔をするらしかった。
夫は母親の事を心から愛している。だが、そういう黒人家庭にありがちな不条理に、落胆もしていた。

夫の随分年上の従兄弟ケヴァンは、10代の頃から徹底して白人女性としか付き合わない。毎回ディナーに連れて来る女性は違うのであるが、必ず白人女性である。これは好みでもあるのであるが、黒人女性が嫌いな理由、付き合いたくない理由が、ケヴァンの中にあるのだと思う。
人種に関していちいちヒステリックな反応をする黒人女性というのは、そういう物から根っから解放されている自由人ミュージシャンのケヴァンにとっては、最初から興味の対象ではないのであろう。
「勇気ある」ケヴァンのおかげで、次のジェネレーションには大きく扉が開いたのは事実。彼が前例を作ってくれたからこそ、私の夫だって黒人以外のガールフレンドをファミリーディナーに連れてくる事が可能だったのだ。ケヴァンが白人女性と結婚して子供も作った前例があったからこそ、夫だって私と結婚する事に苦労もしなかったのだ。

義理両親は、出会った当初からすごく私に親切にしてくれる。ご無沙汰すると、義理パパは用事を作って私の顔をわざわざ見に来る。その親切さや私への愛情は、上辺だけの物では無い事は、すごく感じる。
結婚する事を打ち明けたときの、彼らの喜びようといったらなかった。義理ママは涙ぐんで、私をハグした。だから、義理ママのそんな過去の話を聞くと信じられない。
「ママはすごく変わったんだよ」と夫。彼女も息子の行動と共に、考えを改め成長してきたのであろう。今でも本音はあるのであろうが、時代は変わって行かないといけないのである。

異人種間の結婚が自由な時代のアメリカでも、黒人女性と黒人以外の男性のカップルは大変珍しい。黒人女性は、余程仕事で社会的に異人種と関わっている人以外、黒人社会のみで生活するのを好む傾向がある。「自分は受け入れられない」という意識が、余計に彼女たちを保守的にさせる。彼女たちから壁を作るので、異人種がなかなか入って行けないムードもある。従って、白人やアジア系の男性が、黒人女性と個人的に親しくなるのも、限られている。

世代を超えて受け継がれるネガティブな保守性は、見ていて時にどうしようもないな、と思うときがある。狭い世界に閉じこもって、「異空間」に出る事を恐れ、出ても交わらず、結局同じ人種だけと関わる事を選ぶ人たち。そして、異人種と関わる黒人を好まず、その相手に嫌悪感を抱く。
全て、自信の無さと劣等感から来ている物ではないか。

60年代や70年代じゃないんだし、黒人と異人種が歩いていたって逮捕される訳ではない。
黒人の男性と一緒に歩いていて、我々の方をジロジロ見るのは、白人以外の人種を見た事のないような田舎に住む田舎者の白人アメリカ人か、都会で色んな人種を見慣れているはずの黒人女性だけである。
この2種の視線は、全く別の種類である。前者は、無知とか無教養から来る、物珍しい物を無礼に見る視線。後者は、嫌悪の視線。
私は人から愛されようと思うような人間ではないので、全然そういうのは気にしない。シカゴの日本人は元々少ないし、街のどこに行っても人種的に「浮く」存在なので、そういうのには慣れている。

シカゴの黒人男性の友人が、日本に数年滞在して、日本人のフィアンセを見つけた。彼も、日本人女性と結婚すれば、黒人女性からの刺さるような視線や態度を避けられない事を知っている。「親戚もなあ。。。従兄弟たちは問題無いけれど、従姉妹たちが冷たいだろうなあ。。。」と心配していた。
結局彼はフィアンセのために、日本人の多いカリフォルニアに新居を構える事にした。そこなら、黒人男性とアジア人女性のカップルも、シカゴよりはずっと多いからだ。確かに、英語も自由でなくアメリカ生活も初めての日本人の彼女にとっては、いきなり黒人女性たちからの視線の嵐はキツいと思う。

この黒人女性たちの態度と視線と批判に、黒人以外のパートナーを持つ世の黒人男性たちは非常に疲れている。
黒人女性だけと付き合っている時は見えない事だが、異人種に途端に牙を剥く同じ肌の色の女性の実態を知り、落胆し、ケヴァンのように黒人女性嫌いになる黒人男性も珍しくない。

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黒人化教育
夫はシカゴで生まれ育ったが、高校の4年間は東部ニューハンプシャー州のボーディングスクール(寄宿学校)に入学した。
Phillips Exter Academy(フィリップス・エクスター・アカデミー校)。アメリカ一どころか、世界的にもトップの優秀校。
プレップスクールと呼ばれるアメリカの進学校の中でもここは、非常に特殊で厳格な学校教育で知られている。

卒業生には、小説家のジョン・アーヴィングや、「ダヴィンチコード」の作家ダン・ブラウンの名もある。ダン・ブラウンの父親はフィリップス・アカデミーの数学の先生で、夫もお世話になった。
最近では、世界一のSNSとなったfacebookの創始者、マーク・ザッカーバーグも。
彼は若干26歳にして、全米トップに入る億万長者になった。最近彼の自伝的映画「The Social Network」が公開されたが、彼の頭脳は並みの秀才でないことが分かる。

スケールの面でも、教育の面でも、生徒のレベルの高さの上においても、寄付金の額面に置いても、ずば抜けた高校。寄付金の額は、生徒一人につき80万ドルを優に超すほどあり、アイビーリーグのコロンビアやペンシルベニア大よりも裕福なのである。
アメリカには、学校崩壊したひどい公立校が多いのに、「アメリカは教育機関のレベルが高い」と世界的に言われる所以は、こういう学校の存在故。

あの、J・F・ケネディでさえも、成績が足りずに落とされた学校。ジョージ・W・ブッシュも、志望したが入れなかった(これはよく分かるが)。
要するに、ファミリーがどんなに有名で名士の集まりであろうが、金やコネは、一切「通じない」学校なのである。生徒本人の成績と資質のみによって選ばれる。

名家や大富豪からはほど遠い、ミドルクラスの家庭で育った夫が、なんでこんな学校に入れたか。。。というのは、ずば抜けて優秀だったからである。
彼は小中学校で飛び級を繰り返し、12歳でプレップスクール入学となった。学業だけでなく、スポーツでも記録を出していた(アメリカの優秀校は、成績だけでなくスポーツも重視して評価する)。フィリップス・アカデミーから、全額奨学金を差し出されてお誘いが来たのである。アメリカの奨学金というのは日本と違っていて、生活に困窮していなくても成績優秀な生徒には差し出される。いわゆる、優秀な学生を「他の学校に取られたくない」ための学校側の対策でもあり、奨学金をもらえるというのは非常に名誉なことなのだ。
夫はシカゴのトップ3のいずれの高校からも全額奨学金を提示されていたが、「シカゴを出て、違う世界を見てみたい」という彼の意志により、12歳で単独東海岸に旅立った。

当時のフィリップス・アカデミーの有色人種率は、3.5%とめちゃくちゃ低かった。
ニューハンプシャーという州が白人州なのもあるが、アジア人、黒人、ヒスパニック含めて、それしか居ないのは、完全なる白人カルチャーの中でのお勉強、ということにもなる。
単なる白人カルチャーではなく、選ばれた大富裕層&優秀白人カルチャー。

休みになると「自家用ジェット」で西海岸の家に帰る生徒。13歳で5ヶ国語、流暢に操る生徒。こういう生徒は、育った家庭で自然に覚えた言語の他に、幼少の頃から家庭教師をつけているのである。世界史やアメリカ史の教科書に載っている人物の子孫が、教室に溢れる環境。
色々とあらゆる意味で、多感な10代のシカゴ出身の少年には、カルチャーショックでもあり、そして世界を見る絶好のチャンスであったと思う。
彼が高校から得た物は学業以外に、今でも続いている最高の友情でもあり、世界観でもある。

人種差別の無いような学校でも、そういう環境の中で勉強するマイノリティというのはやはり大変な違いを感じながら勉学に励む。
夫の他に、もう1人シカゴ出身の黒人の生徒、ジェロームが居た。今でも家族ぐるみでうちとは仲良くしている。
彼はシカゴの黒人社会では典型的なシングルマザー家庭で育ち、母息子で生活保護を受けながら育った。父親の顔は見た事が無い。一歩間違えればストリートギャングになっていたっておかしくない生活環境なのであるが、ジェロームには飛び抜けた頭脳があった。

ジェロームは時々、フィリップス・アカデミーでの学校生活を疑問に思い、夫に相談していたという。
「なんでこんなに勉強してもトップになれないんだろう。おかしいよ、この白人世界」と落ち込み、「シカゴに戻ったらWhitney Young校(ミシェル・オバマの出身校)あたりで、余裕かまして”スター”になれるのに」などなど弱音を吐いていたらしい。
しかし夫は「白人社会というのは、それ(マイノリティが去って行く事)を黙って望んでいるんだよ。彼らの思いのままになってもいいのか?」「我々みたいなマイノリティの存在が、彼ら(黒人と触れた事も無い白人生徒たち)にとっても必要なんだよ」と励まし、いや励まし合いながら、日々頑張った戦友だ。
ジェロームはなんでもよく出来たらしいが、特にイングリッシュがずば抜けていたと言う。彼が育った環境は、同じ年齢の生徒たちよりも彼を精神的に大人にさせた。彼の書く詩や作文は、時にダークで皮肉や暗喩が含まれておりとても奥深く、先生をも唸らせたという。
そんなジェロームは、ペンシルベニア大の法律学科の奨学金を得て、無事弁護士になった。

一方夫は、イエール大やコロンビア大から入学許可が来た。
しかし、ここで義理ママが心配したこと。「このままアイビーリーグに行っては、完全に息子が白人化してしまう」ということだった。

白人化。。。。
白人州の白人学校で4年も過ごした息子が、「黒人らしくない」と心配し始めた彼女。笑っちゃうような信じられない心配であるが、黒人の母親にとってみると、これはとても大事な事なのである。
4年もの青春時代を、フィリップス・アカデミーで過ごしたのだ。当然、夫の親友を含め友達もガールフレンドも、地元の友達を抜かしては白人が多くなってしまった。

息子の白人化を心配する義理ママが勧めたのは、ブラックカレッジ。今度はビッチリと黒人文化に浸ってこいと。
強い強い母親の意見で、夫は東部の州にそれ以上滞在することは出来ず、南部ニューオーリンズの黒人大学に入学した。

ニューハンプシャーから、いきなり南部ルイジアナのニューオーリンズである。ブラックカレッジは、黒人以外の学生の入学も受け付けているが、好んで黒人大学に入学する非黒人は少ない。見渡す限り、ブラックピーポーのキャンパスなのだ。これまたこの環境は、夫にとってはカルチャーショックなのであった。

同じアメリカといえども、人種が変れば話題も変わる。休日の過ごし方も食べ物も変る。
夫がこのブラックカレッジで、一番耐えられなかったこと。それは、毎日のように、黒人学生たちが白人の悪口を言っている事。
皆優秀な学生たちなのである。だけど、人の悪口を言うのである。それが彼らの日常の文化なのである。偏見と差別が世代を超えて受け継がれている土地柄。
そして、白人の悪口を言っている学生たちは皆、実際に白人たちと付き合ったことのない人間たちなのである。要するに、世界が狭いのだ。

大学時代に、ニューオーリンズに高校の時の親友、マークが訪ねてきたらしい。
当時付き合っていた黒人の彼女は、夫の親友に会うのを楽しみにしていたが、マークを見た途端に黙ってしまった。
後から夫に「なんで? 彼は白人じゃない」とおもむろに嫌な顔をしたらしい。
この一件で彼女と別れたらしい。そして日々の生活に蔓延する南部気質にほとほと嫌気がさした夫は、シカゴの大学に編入した。
「南部はこりごり」と言っている。そう、南部の生活も、南部の黒人もこりごり。。。。と。保守的な南部黒人は、黒人である夫を見れば彼らと同じ「黒人らしき」感覚を求めるのであろう。

ブラックカレッジに行って、夫は「黒人化」されたのであろうか?
義理ママの計画は無惨に終わった。黒人も白人もなく、彼は彼なのである。

幼い頃から夫が「黒人らしくない」と言われるのは、彼が「色」にこだわって人間付き合いをしないからであり、色にこだわって趣味や趣向を選んでいないからである。
黒人音楽であろうと、白人のロックであろうとオペラであろうと、いい音楽であれば彼は隔てず好みコンサートにも行くが、ほとんどの黒人は音楽を肌の色で聴く。ロックは白人音楽だから好まないという人が多い。
かつては文化面では白人側が黒人を市場から閉め出していたが、今では黒人側の方が保守的であり、偏ったこだわりを持っている。
スポーツに関しても、黒人が好きなスポーツはアメフトやバスケットボールであり、それは黒人選手が多数活躍しているから。
ホッケーファンが居ないのは、黒人選手がほとんど居ないスポーツだから。スポーツを面白いか面白くないかで観戦するのではなく、人種で選んでいる。これが黒人社会の現状。
夫は「黒人らしくない」ので、スケートも観るしスノーボードも観る。これは「普通の」黒人から見ると変なヤツなのである。

多くの黒人が、「黒人らしさ」を求める事がカッコいい事だと思っている。そして典型例の中に居る事を好む。それはその中で泳いでいた方が、人種差別にも合わないし楽だから。
自分たちの事を守ってくれるのは、理解してくれるのは黒人しか居ない、と信じ込んでおり、他人種の事は鼻っから信用しない。
そうしなくてはいけない時代も確かにあったであろう。だけど21世紀になっても、南部の田舎でなくても、飛び越えて冒険できないのが「典型的な」黒人だと思う。

黒人の息子を持つ母親は、父親よりも「息子が"黒人らしく"なってほしい」と願う傾向にある。
これは何故なのか。。。次回に話を続けて行こうと思う。

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Family Dinner
11月はサンクスギビングの月。うちも大きなファミリーディナーが待っている。
アメリカではクリスマスよりも大きな祝日であり、「親族集まる食事会の日」と位置づけられている。

このディナーのメインはターキー(七面鳥)。
多民族国家アメリカなので、ターキーの他のディッシュは、エスニックごとに民族色が出る。
今回は、ソウルフード満載の黒人家庭のサンクスギビングを紹介しよう。

ソウルフードと言えば、何と言ってもはずせないのはグリーンズ。
グリーンズというのはアメリカでは緑黄野菜の総称で、南部に行くと煮込み用野菜の総称になる。
そしてさらに、「ソウルフードのグリーンズ」というのがあって、他とは全く味も調理法も違う。
南部野菜であるカラードグリーンズ、ターナップ(蕪の葉)、マスタードグリーンズ(芥子菜)が主に使われる。どれもしっかりしていて、葉が硬い。

この中でもカラードグリーンズが一番ポピュラーで、これ無しではソウルフード全体の味がしまらない、と言っても過言ではない。
ソウルフードのグリーンズは、野菜と一緒にハムホックやファットバックを入れてクタクタになるまで煮込む。
ハムホックとは、豚をハムに加工する時に出来る副産物。燻製にされた、豚の脚(膝に近い)部分。いわゆる奴隷時代に白人たちが捨てていた部分である。
黒人奴隷たちは、それを煮込んでダシに使ったのだ。皮、脂肪、腱、と筋肉で成り立つ部分だから、とても普通には食べられない。
ファットバックというのは、脂身の多い塩漬けの豚の背肉である。

最初グリーンズを食べた時、何の肉が入ってるのか分からなくて、自分でベーコンを入れて作ってみた事があるが、全然味が違った。このハムホックが無いと、ソウルフードの味は出ない。ベーコンで煮込めばダシが出る。。。という単純さ自体が、ど素人の発想であった。

私はハムホックで煮込んであるグリーンズが大好物である。
ハムホックの部分はダシ用だから食べない人も居るのだが、私は野菜と一緒に食べる。これが柔らかく長時間かけて煮込まれているのですごく美味なのだ。
ハムホックまで食べてしまうというのは、シジミ汁のシジミの身まで食べるのと同じようなものか。
義母に聞いたら「ハムホックは黒人居住区の店に行かないと、いいのが手に入らない」と言われ、お勧めの肉専門のスーパーに行ったら山ほど売っていた。白人地域のスーパーには売っていない。

一般の南部料理のグリーンズは、このハムホックやファットバックを使わない。別のクセの無い肉でダシを取る場合もあるし、野菜と香辛料だけで煮込む場合がほとんど。
白人たちは肉が入っていないグリーンズを好むので、南部のレストランに行くと「グリーンズ(meatless肉無し)」なんてわざわざメニューに書いてあったりする。

カラードグリーンズの他に、グリーンビーンズもよく出る。
日本のサヤインゲンと同じだが、こちらのはちょっと大きい。これもハムホックと一緒に煮込む。
グリーンビーンズの煮込みは黒人家庭以外でも出るサンクスギビングのお決まりディッシュの一つでもあるが、やはり味付けが全然違うのである。

次にマカロニ&チーズと言われるマカロニ料理。一般にマック&チーズと呼ばれる。
マカロニとチーズをオーブンで焼いた物であるが、これが美味しいと思った事は一度も無い。
日本のマカロニグラタンなら、鶏肉やエビやマッシュルームやタマネギ等色々入っていているが、このマック&チーズはチーズだけ。味の複雑さなんて全然無い。
ところが黒人は大好きである。夫はディナーに行くとこれを山盛りで食べる。
今はバターを使うが、その昔はラードを使っていた。だからソウルフードと呼ばれる所以であろう。

今はマカロニ&チーズはアメリカどこでも食べられる料理で、様々なミックスが全国で売られているし、大学のカフェテリアにもある一品。
だけど黒人に言わせると、白人家庭で出るマカロニ&チーズは味が違うと。
どこで食べてもあまり美味しいと思った事がない料理なので、どこがどう違うのか全国マック&チーズの味比べをしてみる気持ちになれないが。

サツマイモ料理ではキャンディヤム。
こちらのサツマイモは日本のとは違って、もっと大振りで中身が人参のようなオレンジ色。
味も質も全然違うので、調理法も全然違う。

キャンディヤムというのは、たっぷりのバターでサツマイモを切ったのをオーブンで焼く料理。ブラウンシュガーとナツメグ、シナモンなどで味付けをする。
元は南部料理であるが、サンクスギビングはサツマイモの季節でもあるので、この芋が入る所ではどこでもアメリカのサンクスギビングメニューになっているようだ。
ただ、ソウルフードのキャンディヤムは、他と比べても甘い。元々甘い料理であるが、さらに砂糖の量がすごい。
でもターキーが淡白な味なので、一緒に食べると美味しかったりする。
これを食すのは、サンクスギビングとクリスマスの年2回でいいな、と思う。

豆料理ではブラックアイドピーズ。
日本では食されていない豆かもしれないが、これもソウルフードには欠かせない豆。白い豆に黒い目玉のような点があるのでそう呼ばれる。
これも例のハムホックで煮込まれる。ソウルフードの野菜の煮込みには、ハムホックは欠かせないエッセンスなのである。

コーンブレッド。
奴隷が小麦粉の白いパンを食べられない時代に、飼料のトウモロコシの粉で作ったパンで。今の南部では、人種に関係なく食卓には欠かせない。
家庭によってお好みで、この中にコーンの粒とか果物の缶詰を入れたりする。
義母によるレシピで、私は缶詰のピーチを時々入れる。パサパサの生地がピーチの水分でしっとりなるのでこれはいける。

最後に、ソウルフードの代表の一つであるが、最近北部ではなかなかお目にかかれなくなってしまった料理のチタリングス。
奴隷時代の残飯である豚の腸で作った煮込み料理、いわゆる黒人料理のモツ煮込み。
これを出すソウルフードレストランがあったら、本格的なソウルフードの店だと言ってよい。
最近はハーレムやシカゴサウスサイドでさえも、これを出す店はめっきり少なくなった。

義理の両親たちも、10年程前まではファミリーディナーの際に作っていたらしい。それは、彼らの両親(夫の祖父母とか)など好んで食べる世代が居たから。
義父母の世代までは食べるが、それ以降の世代はチタリングスを嫌う。とにかく臭いのだ。準備中も臭いし、料理になってからも臭い。
私がコリアンスーパーでキムチを買って来て食べていると、夫は顔をしかめて無言で換気扇を回すのだが、「でもチタリングスの方が臭いな」とつぶやいた事がある。そこにあるだけで、部屋中が家中が臭う所が同じらしい。

黒人教会のソウルフードディナーで、一度チタリングスを食べた事がある。
日本でもつ鍋すらも食べた事が無かった私には、ちょっと楽しみであった。。。が、食べた瞬間に「不味い!」と思った。
美味しいチタリングスという物があるのならば、もう一度くらいは試してみたいが、周囲の黒人たちさえも「あれは不味い」と言うのだから、私が「美味しい」と思うのは無理な気もする。

チタリングスに関して黒人たちに聞いてみると、60代以上の世代はほぼ好んで食べる。
30歳以上60歳未満の35人に聞いてみたら、全員食べた事はもちろんあるが、好きだと言う人はたったの2人で、残りの33人は「嫌い」であった。名前を聞くだけでイヤな顔をする人も居る。
20代と10代、それ以下の子供たちは、チタリングスを食べた事も無いというのがほとんど。
食べる人も居なくなり、自然と食卓からも姿を消しつつあるソウルフードの一つである。

サンクスギビングに限らず、ファミリーディナーの際は決まってされる儀式がある。
皆で食事の前に集まってテーブルを囲み、手をつないで輪を作り祈りを捧げるのだ。我がファミリーは大家族で親戚一同40人程集まるので、全員が同じテーブルに座る事は無理で、全員がテーブルを囲んで立つ。
ディナーを提供する家の主人がまず、今日も皆で集まれた事に感謝する祈りを捧げ、順番に全員が聖書の一節を唱えて行く。南部の伝統であると言う。

この儀式を見ながらいつも思う事がある。
黒人が食べる料理というのは、当然だがソウルフード以外にも沢山ある。今や好む物には、人種の境界線が無い。
ただ、彼らが忘れないのは、奴隷時代の苦難を生き延びて来た先祖に感謝し、その先祖があるからこそ今こうやって皆で集まって食事が出来る幸せがある、という認識。
そのシンボルとしてのソウルフード。
贅沢が出来るようになってからの料理はソウルフードと呼ばず、ハムホックやトウモロコシのかすなど奴隷時代の残飯から作られた料理を、彼らの歴史を心にとめておく意味で大切にする。

これはユダヤ人が、種無しパンで過ぎ超しの祭りを祝うところに似ている。
モーゼが、奴隷として虐げられているユダヤ人を率いてエジプトを出る際の夕食に由来している。急いでいたため、パンを発酵させる時間がなかったのだ。
民族の伝統料理というのは、単に美味しいか美味しくないか、だけで発展して来た物ではない。
宗教的な意味、歴史的な意味が沢山含まれており、そちらの方が重要なのである。
美味しさだけを追求してきたのなら、ソウルフードももっと形を変えていただろう。
苦難の道を歩んだ先祖が生き延びてくれたからこそ、今の我々があるという感謝の気持ち。
先祖への敬愛の気持ちが、ソウルフードを作る愛情、食す意味へとつながっているのだ。

ちなみに、ファミリーディナーで美味しいソウルフードを食べられる黒人程、ソウルフードのレストランに行かない。
「美味しい店はどこか?」と聞いても、ほとんどの人が「行った事無いから知らない」と言うのである。うちの夫もシカゴのソウルフードレストランに行かない人の1人。
「ママのソウルフードが一番だから」「おばあちゃんの料理を食べたら他で食べられないから」。。。と口々に言う。
ソウルフードは家庭の味なので、本来やっぱり家で食べるのが基本。どんな腕のいいシェフも、ママやグランマの味付けにはかなわない。

さて来週はいよいよサンクスギビング。
高カロリーの料理オンパレードなので、食べ過ぎに注意だ(苦笑)

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Category: 知られざるブラックカルチャー
アンクル・トムたち
小学生の時に読んだ「アンクル・トムの小屋」は、今思えば私の人生で最初の、黒人奴隷の物語だった。
日本では「ストウ夫人」で知られた、ハリエット・ビーチャー・ストウの、実在した奴隷をモデルに書いた1852年の作品。
リンカーンによる奴隷解放宣言の10年前。南北戦争の火付け役になった、とも言われる本である。

初老の黒人奴隷トムは、最初は情けの深い主人の元で厚遇を受けていたのであるが、転々と売られて行く先で、最後は最悪の主人に暴行されて悲惨な死を遂げる。

奴隷の待遇というのは様々で、それは主人によって天国と地獄の違いであったと言う。
大切な労働力なので丁寧に扱う主人も居たし、新たな「財産」を生んでくれる健康な女性の奴隷たちも厚遇されていた場合も多い。
「大切に」扱うのは、転売する場合に健康な方が高く売れるという都合もあるし、奴隷たちの逃亡を防ぐためでもある。
スレーブキャチャーと呼ばれる逃亡奴隷を捕まえるプロを雇うのにも、大金がかかるのだ。
いずれにせよ、どんなに厚遇されていたとしても奴隷はただ「大切な物」というだけで、家族と同様に見なされるわけはない。

一方、逃亡した奴隷が捕まえられて、見せしめのためにひどい拷問に遭うのも、女性たちが主人に強姦されるのもよくあった話。
現在の、奴隷を先祖とするアメリカ黒人には、100%アフリカ人の血である者は居ないと言われ、必ず白人の血が流れているのもこれが主な原因である。

ストウ夫人は最初この小説を、奴隷制廃止論者により発行されていた機関紙に連載していた。彼女は、熱心な奴隷制反対論者で会衆派教会説教者である両親の元に生まれる。物語にキリスト教的な教えがちりばめられているのは、その影響であろう。
アンクル・トムは、自分にひどい仕打ちをした人間たちを、最後に「許す」と言って死んで行く。
これはキリストの、自分を迫害した人間たちを赦す行為とだぶる。

「許す」という行為とうのは、実は怒りよりも痛烈な批判とも言えよう。
南部の奴隷制に、あぐらをかいている人たちへの批判。
南部の人間たちは、奴隷制に長い間依存してしまっていて、自分たちが人間として最悪の愚行をしている事が見えていない。

ストウ夫人は、アンクル・トムをこのような人物像で描く事によって、奴隷制度賛成の人々の愚かさと醜さを浮き彫りにしようとしたのだ。
ストウ夫人の奴隷の描き方に対して、悪意があるとは思えない。

ところがアメリカに住むようになって、黒人たちが「アンクル・トム」の事を「軽蔑すべき黒人」と受け取っている事に驚いた。
白人に媚びへつらう黒人、白人に頭を下げる黒人、白人にNOと言えない黒人。。。。そういう黒人の事を、今では「彼はアンクル・トムだからさ」と比喩する。

描く側の立場というのは、描かれる立場の事をどんなに考えていようとも、その立場に生まれ変わる事は無理な事。
意図しない所で、描かれている立場の神経を逆撫でする。

この話では、親切な白人が奴隷たちを庇護する様子が理想的に描かれている。
トムは人格者で敬虔なクリスチャン。。。そして白人に対し素直に従う働き者。
黒人と白人が同じレベルに立っている人間だとするならば、白人が黒人を庇護する事自体白人側の奢りであり、黒人側にとっては侮辱そのものなのだ。
であるから、ストウ夫人によって好意的に書かれた作品、また善意そのもののストウ夫人さえも批判の対象となってしまう。

「アンクル・トムの小屋」の小説は、それでも存在に大きな意味があると私は信じる。
人物像はどうであれ、ストウ夫人のようなアクティビストが居なかったらアメリカは変わらなかったと思うから。

「奴隷依存症」の立場から見た物語が、あの有名な「風と共に去りぬ」だ。
「風と共に去りぬ」に出て来る黒人奴隷たちも、非常に主人に忠実だ。
いわゆる、「アンクル・トム的」な奴隷たちがオハラ家にはオンパレードで登場する。
南部の白人貴族たちから見た、都合のいい奴隷像。

オハラ家に仕える「マミー」は太っていて、声が大きい。これは黒人女性のステレオタイプ。こういう描き方を白人側がするのは、今ではタブーとまでなっている黒人女性像。
若いプリッシーという奴隷の娘は、頭がちょっと弱くてやたらと子供じみている。簡単に言えば、黒人は頭が悪く、無能な子供のように単純である、という認識。
この奴隷たちは、奴隷制度が廃止された後もオハラ家に残って仕えることを選ぶ。
黒人は白人のような頭脳を持っていない。だから奴隷として保護してあげるのだ、という「親切心」。
そこには黒人に対するあからさまな蔑視や敵視はない。「家族のように」扱ってあげる。
しかし敵視でない分、差別とは表向き分かりにくく、それだけに社会や体にしみ込んだ人種差別の根の深さを感じるのである。

「アンクル・トムの小屋」が奴隷制反対の物語であるのに対し、「風と共に去りぬ」は奴隷制賛成派のプランテーション農園主の貴族の話。
「アンクル・トムの小屋」から、84年も経ってから出版された本である。
ストウ夫人もマーガレット・ミッチェルも、同じ白人女性。
なのにこの観点の違いは、ストウ夫人が北部コネチカット州出身(両親はボストン出身)だったのに対し、ミッチェルは南部アトランタ出身だったという事実が大きい。
北部と南部では、社会的政治的な相違はもちろん、人々の価値観や考え方にも大きな開きがあった。

アフリカから連れてこられた1000万人以上の黒人の全てが、南部のプランテーションに飲み込まれた。奴隷制プランテーションとは、安価な奴隷を使い、単一作物を栽培する大規模農園のことである。
白人たちが手に入れた綿花による巨万の富は、奴隷制無しではあり得なかった。
「風と共に去りぬ」は、白人貴族たちにとっての古き良き時代のノスタルジー物語だと言ってよい。すなわち、奴隷制度も懐古の対象なのである。

小説には、スカーレットが黒人奴隷をののしる軽蔑的な言葉がどんどん出て来る。
これは、作家マーガレット・ミッチェルの無意識な差別精神が、主人公の口に反映されている。
黒人だけでなく、奴隷制度に反対する北部の白人にさえ「nigger」という蔑称で呼ぶ。
映画では全部省かれているが、スカーレットをとりまく白人男性たちはレット・バトラー以外は全員KKK(白人至上主義団体)のメンバーだし、それらを肯定して描かれている。
改めて読むと、どうしようもない人種差別小説なのだ。

昔好きだった小説も映画も、一度別の立場から見直してしまうと、もうそれは以前と同じような作品には見えない。
表現の自由は大切で、どんな立場からもいかように書いてもいい。
ただ読む目線を変えてみると、昔出会った作品とは別物となって違う意味をおびてくる。

今でも私は、「風と共に去りぬ」は名作だと思っている。
当時の南部貴族の目に浮かぶような描写。映画における、テクニカラーの美しい壮大な風景、ストーリー展開とあの時代とは思えぬ技術。
そして白人貴族の優雅な生活が、いかに奴隷制度の上に成り立っていたかが描かれている点においても。
南部貴族がいかに奴隷制度に依存して、正常な感覚を麻痺させていたかを示してくれている点においても。
差別意識というのは、無意識のうちに彼らの「親切心」や「良識」の中にしみ込んでしまっている根深さを見せつけてくれている点においても。
そして、黒人の自由を拘束している事に対して、誰もなんの罪の意識を持っていない事が描かれている事においても。

この映画で、黒人で史上初のアカデミー助演女優賞を受賞したマミー役の、ハティ・マクダニエル。
彼女の役柄は、「白人の主人に近づき過ぎ(物言い過ぎ)」と南部の白人観客たちには批判され、ステレオタイプ的なメイド役は黒人側からも評判が悪かった。
アトランタで行われた特別試写会は大熱狂に包まれたが、マクダニエルは黒人であるが故、劇場に招待されなかった。
南部の人種差別は、風と共には去って行かなかった。

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Mami Takayama

Author:Mami Takayama
シカゴ在住のフォトグラファー&ライター。フォトグラファー的目線でブラックカルチャーを綴ります。

このブログを元に書籍化されたものが、「ブラック・カルチャー観察日記 黒人と家族になってわかったこと」となって2011年11月18日発売されます! 発行元はスペースシャワーネットワーク。
ブログの記事に大幅加筆修正、書き下ろしを加えております。いい本に仕上がりました。乞うご期待!

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