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シカゴからダイレクトにお届けする、知られざる黒人文化あれこれ。

Category: 知られざるブラックカルチャー
黒人化教育
夫はシカゴで生まれ育ったが、高校の4年間は東部ニューハンプシャー州のボーディングスクール(寄宿学校)に入学した。
Phillips Exter Academy(フィリップス・エクスター・アカデミー校)。アメリカ一どころか、世界的にもトップの優秀校。
プレップスクールと呼ばれるアメリカの進学校の中でもここは、非常に特殊で厳格な学校教育で知られている。

卒業生には、小説家のジョン・アーヴィングや、「ダヴィンチコード」の作家ダン・ブラウンの名もある。ダン・ブラウンの父親はフィリップス・アカデミーの数学の先生で、夫もお世話になった。
最近では、世界一のSNSとなったfacebookの創始者、マーク・ザッカーバーグも。
彼は若干26歳にして、全米トップに入る億万長者になった。最近彼の自伝的映画「The Social Network」が公開されたが、彼の頭脳は並みの秀才でないことが分かる。

スケールの面でも、教育の面でも、生徒のレベルの高さの上においても、寄付金の額面に置いても、ずば抜けた高校。寄付金の額は、生徒一人につき80万ドルを優に超すほどあり、アイビーリーグのコロンビアやペンシルベニア大よりも裕福なのである。
アメリカには、学校崩壊したひどい公立校が多いのに、「アメリカは教育機関のレベルが高い」と世界的に言われる所以は、こういう学校の存在故。

あの、J・F・ケネディでさえも、成績が足りずに落とされた学校。ジョージ・W・ブッシュも、志望したが入れなかった(これはよく分かるが)。
要するに、ファミリーがどんなに有名で名士の集まりであろうが、金やコネは、一切「通じない」学校なのである。生徒本人の成績と資質のみによって選ばれる。

名家や大富豪からはほど遠い、ミドルクラスの家庭で育った夫が、なんでこんな学校に入れたか。。。というのは、ずば抜けて優秀だったからである。
彼は小中学校で飛び級を繰り返し、12歳でプレップスクール入学となった。学業だけでなく、スポーツでも記録を出していた(アメリカの優秀校は、成績だけでなくスポーツも重視して評価する)。フィリップス・アカデミーから、全額奨学金を差し出されてお誘いが来たのである。アメリカの奨学金というのは日本と違っていて、生活に困窮していなくても成績優秀な生徒には差し出される。いわゆる、優秀な学生を「他の学校に取られたくない」ための学校側の対策でもあり、奨学金をもらえるというのは非常に名誉なことなのだ。
夫はシカゴのトップ3のいずれの高校からも全額奨学金を提示されていたが、「シカゴを出て、違う世界を見てみたい」という彼の意志により、12歳で単独東海岸に旅立った。

当時のフィリップス・アカデミーの有色人種率は、3.5%とめちゃくちゃ低かった。
ニューハンプシャーという州が白人州なのもあるが、アジア人、黒人、ヒスパニック含めて、それしか居ないのは、完全なる白人カルチャーの中でのお勉強、ということにもなる。
単なる白人カルチャーではなく、選ばれた大富裕層&優秀白人カルチャー。

休みになると「自家用ジェット」で西海岸の家に帰る生徒。13歳で5ヶ国語、流暢に操る生徒。こういう生徒は、育った家庭で自然に覚えた言語の他に、幼少の頃から家庭教師をつけているのである。世界史やアメリカ史の教科書に載っている人物の子孫が、教室に溢れる環境。
色々とあらゆる意味で、多感な10代のシカゴ出身の少年には、カルチャーショックでもあり、そして世界を見る絶好のチャンスであったと思う。
彼が高校から得た物は学業以外に、今でも続いている最高の友情でもあり、世界観でもある。

人種差別の無いような学校でも、そういう環境の中で勉強するマイノリティというのはやはり大変な違いを感じながら勉学に励む。
夫の他に、もう1人シカゴ出身の黒人の生徒、ジェロームが居た。今でも家族ぐるみでうちとは仲良くしている。
彼はシカゴの黒人社会では典型的なシングルマザー家庭で育ち、母息子で生活保護を受けながら育った。父親の顔は見た事が無い。一歩間違えればストリートギャングになっていたっておかしくない生活環境なのであるが、ジェロームには飛び抜けた頭脳があった。

ジェロームは時々、フィリップス・アカデミーでの学校生活を疑問に思い、夫に相談していたという。
「なんでこんなに勉強してもトップになれないんだろう。おかしいよ、この白人世界」と落ち込み、「シカゴに戻ったらWhitney Young校(ミシェル・オバマの出身校)あたりで、余裕かまして”スター”になれるのに」などなど弱音を吐いていたらしい。
しかし夫は「白人社会というのは、それ(マイノリティが去って行く事)を黙って望んでいるんだよ。彼らの思いのままになってもいいのか?」「我々みたいなマイノリティの存在が、彼ら(黒人と触れた事も無い白人生徒たち)にとっても必要なんだよ」と励まし、いや励まし合いながら、日々頑張った戦友だ。
ジェロームはなんでもよく出来たらしいが、特にイングリッシュがずば抜けていたと言う。彼が育った環境は、同じ年齢の生徒たちよりも彼を精神的に大人にさせた。彼の書く詩や作文は、時にダークで皮肉や暗喩が含まれておりとても奥深く、先生をも唸らせたという。
そんなジェロームは、ペンシルベニア大の法律学科の奨学金を得て、無事弁護士になった。

一方夫は、イエール大やコロンビア大から入学許可が来た。
しかし、ここで義理ママが心配したこと。「このままアイビーリーグに行っては、完全に息子が白人化してしまう」ということだった。

白人化。。。。
白人州の白人学校で4年も過ごした息子が、「黒人らしくない」と心配し始めた彼女。笑っちゃうような信じられない心配であるが、黒人の母親にとってみると、これはとても大事な事なのである。
4年もの青春時代を、フィリップス・アカデミーで過ごしたのだ。当然、夫の親友を含め友達もガールフレンドも、地元の友達を抜かしては白人が多くなってしまった。

息子の白人化を心配する義理ママが勧めたのは、ブラックカレッジ。今度はビッチリと黒人文化に浸ってこいと。
強い強い母親の意見で、夫は東部の州にそれ以上滞在することは出来ず、南部ニューオーリンズの黒人大学に入学した。

ニューハンプシャーから、いきなり南部ルイジアナのニューオーリンズである。ブラックカレッジは、黒人以外の学生の入学も受け付けているが、好んで黒人大学に入学する非黒人は少ない。見渡す限り、ブラックピーポーのキャンパスなのだ。これまたこの環境は、夫にとってはカルチャーショックなのであった。

同じアメリカといえども、人種が変れば話題も変わる。休日の過ごし方も食べ物も変る。
夫がこのブラックカレッジで、一番耐えられなかったこと。それは、毎日のように、黒人学生たちが白人の悪口を言っている事。
皆優秀な学生たちなのである。だけど、人の悪口を言うのである。それが彼らの日常の文化なのである。偏見と差別が世代を超えて受け継がれている土地柄。
そして、白人の悪口を言っている学生たちは皆、実際に白人たちと付き合ったことのない人間たちなのである。要するに、世界が狭いのだ。

大学時代に、ニューオーリンズに高校の時の親友、マークが訪ねてきたらしい。
当時付き合っていた黒人の彼女は、夫の親友に会うのを楽しみにしていたが、マークを見た途端に黙ってしまった。
後から夫に「なんで? 彼は白人じゃない」とおもむろに嫌な顔をしたらしい。
この一件で彼女と別れたらしい。そして日々の生活に蔓延する南部気質にほとほと嫌気がさした夫は、シカゴの大学に編入した。
「南部はこりごり」と言っている。そう、南部の生活も、南部の黒人もこりごり。。。。と。保守的な南部黒人は、黒人である夫を見れば彼らと同じ「黒人らしき」感覚を求めるのであろう。

ブラックカレッジに行って、夫は「黒人化」されたのであろうか?
義理ママの計画は無惨に終わった。黒人も白人もなく、彼は彼なのである。

幼い頃から夫が「黒人らしくない」と言われるのは、彼が「色」にこだわって人間付き合いをしないからであり、色にこだわって趣味や趣向を選んでいないからである。
黒人音楽であろうと、白人のロックであろうとオペラであろうと、いい音楽であれば彼は隔てず好みコンサートにも行くが、ほとんどの黒人は音楽を肌の色で聴く。ロックは白人音楽だから好まないという人が多い。
かつては文化面では白人側が黒人を市場から閉め出していたが、今では黒人側の方が保守的であり、偏ったこだわりを持っている。
スポーツに関しても、黒人が好きなスポーツはアメフトやバスケットボールであり、それは黒人選手が多数活躍しているから。
ホッケーファンが居ないのは、黒人選手がほとんど居ないスポーツだから。スポーツを面白いか面白くないかで観戦するのではなく、人種で選んでいる。これが黒人社会の現状。
夫は「黒人らしくない」ので、スケートも観るしスノーボードも観る。これは「普通の」黒人から見ると変なヤツなのである。

多くの黒人が、「黒人らしさ」を求める事がカッコいい事だと思っている。そして典型例の中に居る事を好む。それはその中で泳いでいた方が、人種差別にも合わないし楽だから。
自分たちの事を守ってくれるのは、理解してくれるのは黒人しか居ない、と信じ込んでおり、他人種の事は鼻っから信用しない。
そうしなくてはいけない時代も確かにあったであろう。だけど21世紀になっても、南部の田舎でなくても、飛び越えて冒険できないのが「典型的な」黒人だと思う。

黒人の息子を持つ母親は、父親よりも「息子が"黒人らしく"なってほしい」と願う傾向にある。
これは何故なのか。。。次回に話を続けて行こうと思う。

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Mami Takayama

Author:Mami Takayama
シカゴ在住のフォトグラファー&ライター。フォトグラファー的目線でブラックカルチャーを綴ります。

このブログを元に書籍化されたものが、「ブラック・カルチャー観察日記 黒人と家族になってわかったこと」となって2011年11月18日発売されます! 発行元はスペースシャワーネットワーク。
ブログの記事に大幅加筆修正、書き下ろしを加えております。いい本に仕上がりました。乞うご期待!

※当ブログ内の写真及びテキスト等の無断借用、転載は固く禁じます。

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